鑑定書は、「分離された事柄について気づいている限りは解離とは言わない。(中略)気づいて当然のことを気づかなかった場合を解離という」として、家族関係における解離の意味合いを定義していますが、事件へ発展するかどうかはともかく、自分の家族を顧みた時、私たちでさえ「解離はしていない」と胸を張ってノーと言い切れるでしょうか。ほとんどの日本人が農耕や自営を生業にしていた時代ならば、食事の時に自然に集まり合うことができていたし、家族の「分離」は地域の中だけに限定され、それも一時的なものでした。
(参考サイト)
東京都八王子市|分譲マンション購入の総合情報サイト:SUUMO(スーモ) 分譲マンション
bunjomansion.suumo.jp/tokyo/13201/
愛知県豊田市|分譲マンション購入の総合情報サイト:SUUMO(スーモ) 分譲マンション
bunjomansion.suumo.jp/aichi/23211/
大分県大分市|分譲マンション購入の総合情報サイト:SUUMO(スーモ) 分譲マンション
bunjomansion.suumo.jp/oita/44201/
徳島県|分譲マンション購入の総合情報サイト:SUUMO(スーモ) 分譲マンション
bunjomansion.suumo.jp/tokushima/
しかし、生活習慣が現在のように変化し多様化してしまってからは、家族が食卓で毎日顔を合わせることもなく、ましてや単身赴任の夫がいる家庭では、「分離」による物理的な隔たりは飛躍的に大きくなり、それも長期間にわたるようになりました。心と心の物理的な距離については、さまざまな通信手段がそれを補ってくれるようになりましたが、子どもが部屋にいることはわかっていても、そこで何か行われ、子どもが何を考えているのかさえわからないという家庭も多くなっています。子どもの現状を気にかけ、やきもきさせられているのなら、それは解離ではなく、分離の状態に留まっていると言えそうですが、やがてその状態が習慣化し、固定化されてくると、家族同士であっても互いに関心を払わなくなり、解離が進行する可能性があります。そうした状況を回避するためにも、私たちはもっと真剣に住まいのあり方や、間取りのあり方について考えなければなりません。